山岳遭難報道のあり方

 秩父山中で、遭難者を救助に行ったヘリが墜落したが、それを取材に行った日本テレビ記者とカメラマンが遭難死した。

【日テレ取材班遭難】「ちょっと撮ってくる…」 軽装を心配するガイドに言い残し、2人だけで入山 - MSN産経ニュース

 速報記事から一貫して

2人は沢登り用の靴を履き、業務用無線を所持していたものの、服装はTシャツにジャージー姿の軽装だったという。

の様に報道されており、ブコメでも軽装のうかつさを批難する論調が強い。


 だが、夏山登山や沢登りの経験がある人なら分かると思うが、夏山、特に沢登りではTシャツにジャージという姿はごく一般的なものだ。もちろん、長袖の上着や防寒具を持ってきていることは大前提だが、体温調節のために上着を脱いでTシャツになることは何も珍しくないのだ。ただし、速乾性の素材であることが前提ではある。木綿は乾きにくく体温を奪うのでダメだ。


 この件については、カメラマンは山岳取材のベテランとのことなので、一般人のレベルで不適切な服装と考えるべきではない。防寒具等を持っていたかどうかは報道されていないが、彼らの背負っていたザックも見つかったということなので、ザックを持ってきていながら雨具や防寒具が入っていないというのは考えにくい。


 ガイドが装備不足を理由に引き返す判断をしたというのは服装の問題ではなく、ザイルやハーケン、ハーネス等の問題ではないかと私は考えている。あと、沢登りであればヘルメットは必須だと思うが、報道ではそこには触れられていない。ここは詳しい報道を待ちたいが、取材する記者の登山・沢登りに対する知識が不十分だと、情報が正しく伝わらないことが懸念される。


 現在報道されている情報の中で気になっている点は、
・沢を登って現場に向かう途中で、ガイドは装備不十分で危険と判断し引き返した
・沢ではなく尾根を登ると言って、二人はガイドと別れて再度登り始めた
・にもかかわらず、二人の遺体が見つかったのは墜落現場近くの沢
・二人が同じ場所で心肺停止により死亡


の辺りだ。ここから感じた疑問点は、


・二人は尾根を登ると偽って、ガイドが危険だと判断した沢を登ったのだろうか。
・もしくは、尾根伝いに登った後に、その危険箇所を越えてから沢に降りたのだろうか。
・直接の死因は滑落による外傷か、水に浸かっていたことによる低体温症か。
・同じ場所で死んでいたのは何故か。二人同時に意識不明になるような事態が生じたのか。


 いずれにせよ、遭難の原因に状況判断の甘さは少なからずあったと思うが、Tシャツとジャージを強調するのは報道のミスリードだと考えられる。これは、昨今の無謀な計画、不十分な装備が原因による山岳遭難の多発からの短絡思考ではないだろうか。続報では登山知識のある編集者がチェックを入れることを望む。


追記:


朝日新聞のこちらの記事では当初、

asahi.com(朝日新聞社):ヘリ事故現場を取材の日テレ記者ら2人死亡 秩父の山中 - 社会

 県警によると、2人は7月31日午前6時半ごろ、25日に起きた埼玉県の防災ヘリコプター墜落事故の現場を取材するため、ガイドと入山。途中で川の水流が多く、2人が軽装だったため、午前10時ごろにいったん途中の橋まで引き返した。しかし、2人は「山を知っているから」と言い、再び山に向かったという。


という内容だったが、

県警によると、2人が見つかったのは、乗員5人が死亡したヘリ墜落現場から北東に約2キロ離れた沢。7月31日午前6時半ごろ、日本山岳ガイド協会の水野隆信さん(33)と一緒に、秩父市大滝の豆焼橋付近から入山。しかし、沢の水流が多く、2人はTシャツにジャージー姿と軽装だったため、ガイドの判断で豆焼橋に引き返したという。

 その後、午前10時ごろになって、2人は「黒岩尾根(登山道)を歩いたことがあるので、そちらを撮影してくる」とガイドを残して再び山に入ったという。


に修正されているようだ。前者と後者では、かなりニュアンスが違う。ところで、「軽装だった」がTシャツとジャージ姿を指しているのは確かなことなのだろうか。


追記2(8/2 7:10):

NHKニュースのガイドの記者会見より
・前日、出発前に装備を確認。装備不足で最初から不安があった。
・最初から途中で引き返すつもりだったが、実際に沢に降りて水の冷たさを体感してもらい、途中で予定通り引き返した。
・引き返した後、はっきりと行くとは聞いていないが、「尾根の方を見てみたい」のように言っていた気がする。
尾根の方であれば、一般ルートなので不安は感じなかった。


以上から、装備不足だったのは「沢登りの装備」であると推測される。
 カメラマンは山岳経験が豊富であったそうだが、縦走がメインで沢登りについてはそれほど経験が無かったのだろうか。

 また、
・二人は同じ滝壺に下半身が浸かるような形で亡くなっていた。
・一人は頭に外傷あり、一人は目立った外傷無し。

という情報もあった。


こちらには山岳専門家のコメントも

埼玉・秩父の日テレ記者遭難死:「判断が甘かった」条件付け取材許可 - 毎日jp(毎日新聞)

 今回の遭難事故について、現場の滝川を10回以上訪れたことがあるという埼玉県秩父市の山岳写真家、新井靖雄さん(63)は「沢登りに慣れている人でなければ、入るのは難しい」と指摘する。

 新井さんによると、付近はV字の深い谷で湿度も高く、コケや水でぬれて足場が悪い。夏でも気温15度、水温10度以下になることもある。自らが現場に入る際は、沢専用の靴や手袋、ウエットスーツ、ヘルメットを準備。食糧などを含め、荷物は日帰りでも15キロ程度になるという。

 また、埼玉県山岳連盟の天野賢一理事長(46)によると、今年は沢の水量も多かった。「沢では服がぬれることが多い。ぬれた服で夜に気温が下がると、体温が下がり危険。体温が下がらないような装備が必要で、Tシャツでは軽装過ぎる」と話した。

 服装はウェットスーツであるのが望ましいが、少なくとも水に浸かることは意識した服装であることが必要。記者らのTシャツの素材や上着や防寒具の有無については触れられていないが、基本的に縦走用の装備であり沢用の装備ではなかったのではないだろうか。